端午の節句の意味と由来に隠された真実!知ると世界が変わる

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端午の節句の意味と由来


端午の節句と呼ばれる5月5日は、中国にとって重要な日です。

今から2300年以上前、中国に「屈原」という政治家がいました。

正義感が強く国民から絶大な支持を得ていましたが、陰謀によって国を追い出されてしまいました。



中国に対して失望した屈原が川に身投げをして命を落とした日が5月5日なのです。

人々はその年から、屈原の供養のために毎年5月5日に祭りを行ないました。

この祭りが無病息災から身を守るという儀式になり、端午の節句として日本にも伝わってきたのです。

日本では「端午の節句」の「端」とは「初めの」という意味なので、「端午」とは「月の初めの午の日」という意味でした。

元々は5月に限定されていませんでしたが、「午」と「五」の音が同じなので毎月5日を指すようになり、時の流れとともに5月5日に限定されてきたとも言われています。

そういった由来があったんですね。

 

端午の節句はどうやって祝えばいいの?


端午の節句のこいのぼり

端午の節句とは男の子の健康とすこやかな成長を願う行事です。

こいのぼりや五月人形を飾ることで、男の子の守り神となってくれると言われています。

こいのぼりは商品によって設置方法が異なるため、どこに飾るかを先に決めなければなりません。

庭などに本格的なこいのぼりを飾る際は「打ち込みタイプ」、杭を打たずにおもりを使用した軽量で組み立ても簡単な「庭園用スタンドタイプ」、アパートやマンションなどのベランダの格子に取り付ける「ベランダ取り付けタイプ」などがあります。

また、近年は子どもの名前が印刷された特注こいのぼりも人気です。


 

五月人形


五月人形もこいのぼりと同様に、飾る場所やサイズによって様々な種類があります。

三段構成になっている「段飾り」は最も豪華な飾り付けです。

大型なので置き場所を選びますが、五月人形のほかに小物などの装飾品を飾ることができます。

鎧兜飾りや武者人形は「平飾り」が主流です。

飾り台は一段で、床の間などに飾られます。

床にも机にも飾ることが出来る「収納飾り」は、コンパクトでしっかりとした飾り付けをしたい場合に適しています。

場所を選ばず手軽に飾りたいときは「ケース飾り」が適しています。

ガラスケースに入っているため汚れや埃の心配がないのが特徴です。

五月人形に着せ替えのように兜や鎧を付けられる「装着飾り」は、初節句後も使えることから非常に人気があります。

三歳、五歳、七歳という節目の年に合わせて人形を着飾ります。


 

お祝いの食べ物


お祝いの食べ物としては、ちまきと柏餅があげられます。

ちまきを食べる風習は、端午の節句のきっかけとなった中国の屈原を弔うために供えられたことからきています。

もち米とうるち粉を水で練って茅の葉で包み、蒸してから食べます。

一方、柏餅は神様にお供えするものとされていましたが、現在ではちまきと一緒に食べます。




 

世界別・端午の節句の意味と由来


端午の節句の意味と由来

中国では上記のように屈原の命日として無病息災を願う日となっています。

韓国でも端午の節句は5月5日とされており、「江陵端午祭」として人類の伝承と遺産の継承が目的のようです。

中国が発祥由来の地であることから、端午の節句は漢字文化圏でのみお祝いの日として扱われています。

しかしアメリカやヨーロッパなどに住む日本人や、日本の文化に興味のある海外の人達の働きにより、兜や五月人形、こいのぼりは世界各国で知られています。


 

なぜ男の子の節句といわれるのか?


男の子の節句

端午の節句は別名、「菖蒲の節句」とも呼ばれています。

江戸時代では菖蒲を家の軒に吊るして厄を払い、菖蒲湯に入って無病息災を願うというのが由来です。

この菖蒲を「尚武」にかけて、勇ましい飾りで男の子の成長を祝うようになったことが始まりです。


江戸時代という武士の時代だからこそ、強い男の子への成長や出世が願われていたのです。

徳川幕府の式典日も5月5日と定められていました。

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